紅桃の記「私のおいたち ヨーロッパ青春編」⑫ 東ベルリン愛の詩

修学旅行 「インターナショナル・イブニング」が終わると 事務局に預けていたパスポートが戻ってきた。 そこには 東ドイツの滞在ビザが降りていた。 当時は、日本人にとっては東ドイツへの入国には 難しい申請が必要で特別な場合を除いて 一般の日本人観光客が個人的に申請しても まず簡単には降りなかった時代であった。 …
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紅梅の記「私のおいたちヨーロッパ 青春編」⑪         デンマークIPCパラダイスその6

パントマイム 仮装パーティが終わって、海外バス旅行の前に チュートリアル単位で学期終了前に何かイベントを計画して 3ヶ月間いっしょに暮らした仲間で最後の楽しい 思い出を作ろうとなった。 歌を歌うのも楽器を演奏してもいい。寸劇でもダンスでも 特定地域や国に偏らないものなら何をしてもよかった。 「インターナショナル・イブニ…
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紅梅の記「復興へのエール!」

哀悼 先月のニュージーランド・クライストチャーチ地震の悲しみも 癒えないうちに 再び未曾有の最悪の事態が起こってしまった。 東北地方太平洋沖地震に際し、 被災された皆様、およびその家族の皆様に 心よりお見舞い申し上げます。 併せて犠牲となられたご遺族の皆様に 衷心よりお悔やみ申し上げます。 クライストチ…
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紅梅の記「私のおいたち ヨーロッパ青春編」⑩      デンマークIPCパラダイスその5

仮装パーティ 3月の初めに 仮装パーティが旧体育館で夕食後行われることになった。 私は、仮装に使える衣装もなく、 『日本の夕べ』で、ハリキリすぎたので 今回はおとなしく見物側にまわるつもりでいた。 夕食を教員たちと食べ終わった時、 校長から具体的に仮装パーティの予定が告げられた。 教員も含めて全員、何かに扮して旧体育…
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紅梅の記「私のおいたちヨーロッパ青春編」⑨ デンマーク IPCパラダイスその4

ダンスパーティ 毎週土曜日の夕食後、ダンスパーティが開催された。 これは男女学生が親密になる絶好の出会いの場であった。 異性目当てでなく、純粋にダンスが好きな者もいた。 学校行事の一部だから仕方なしに 周りに遊び場所もないので暇つぶしに参加する者もいた。 何か面白いことがないかとやってくる者もいた。 寮生活という狭い世…
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紅梅の記「私のおいたちヨーロッパ青春編」⑧         デンマークIPCパラダイスその3

学生生活 入学式から1週間は 新しい生活に ついていくだけで精一杯であった。 学校近郊の名所を楽しむ余裕もなく、 あっという間に過ぎてしまった。 全く違う環境での初めての英語生活。 緊張の連続で精神的ストレスが 日々増していった。 カルチュラル・ショックで 日本語が急に恋しくなる。 周りに日本人が多…
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紅梅の記「私のおいたちヨーロッパ青春編」⑦        デンマークIPCパラダイスその2

一期一会 翌朝、9時半頃に民宿のおばさんにたたき起こされた。 前夜、遅くまで楽しく飲んでいたので寝過ごしてしまった。 軽い二日酔い状態であった。調子に乗って飲みすぎた。 おばさんがいつまでも起きてこないので心配して 様子を見に来たのだ。 「大丈夫ですか?入学式は10時じゃなかったの?」 「式は正午からですが、寮…
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紅梅の記 『私のおいたち ヨーロッパ青春編」⑥       デンマーク旅情

コペンハーゲン探訪 我々は、翌朝7時に起き、朝食を食べ、 ニュージーランドのジョンの車に乗って、 コペンハーゲンに向かった。 ジョンの主な目的は、コペン近郊にインテリアの 店を経営しているデンマーク人の知人に会うことであった。 彼も初めて訪問するようで、 不慣れなデンマーク文字の道路標識に出会うたび 何度も車を停…
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紅梅の記「私のおいたちヨーロッパ青春編⑤       「デンマークIPCパラダイス その1」 

太陽も朝寝坊する町 ヘルシンゲル(「ヘルシンガー」とも 英語読みで「エルシノア」とも呼ばれている)の第2日目が始まった。 朝7時にセットした目覚まし時計に叩き起こされた。 しかし、外を見るとまだ真っ暗であった。 一瞬、真夜中と間違えるほどである。 何度も時計を見たが、間違いなく朝の7時だ。 この町では、お日様ま…
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紅梅の記「私のおいたちヨーロッパ青春編④        デンマーク珍道中記:渡る世間は…」

港町「ヘルシンゲル」 ヘルシンゲルはこじんまりした静かな港町で、海岸沿いに「クロンボルグ城」が見える。 この城はシェークスピアの『ハムレット』のモデルになったお城でスカンジナビア最大の建造物として有名であるが、 特に見るべきものはなかった。 何か「シェークスピア」とか「ハムレット」に関したものでも 展示しているかと期待して…
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紅梅の記「私のおいたちヨーロッパ青春編③           ヨーロッパ珍道中記:飛び込んできた娘

コペンハーゲン駅界隈事情 コペンハーゲン中央駅溌3:30のヘルシンゲル行が 発車するまでに30分以上あった。 空港で荷物の受け取りに手間どったため 昼食を取っていなかったことに気づいた。 後は、乗車すればよいだけで、 ほっとしたので、急に空腹感を覚えた。 これから「雪との戦い」に備えて エネルギーを補給しておかな…
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紅梅の記「私のおいたち ヨーロッパ青春編②        フランクフルトのホテル騒動」

フランクフルト到着 私の乗ったルフトハンザ機は、途中、3つの国を経由して 20時間ほどかかって西ドイツ(その時はまだ統一されていなかった) フランクフルト空港に夜の9時半すぎに無事に到着した。 日本を出て最初の2,3時間は、珍しさもあって、イヤホンで音楽を聴いたり 映画を見たり、隣の旅行者やスチュワーデスとの会話を楽しんでいた…
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紅梅の記 「私のおいたち ヨーロッパ青春編① 」             『旅立ちデンマークへ』

初めてのラブレター 1971年12月31日 大阪の伊丹空港からルフトハンザ航空の 南廻りでドイツ・フランクフルト経由でデンマークへ向かった。 その前にもう1人の美女との別れがあった。 彼女は英会話学校の時に同じクラスにいたキャセイ航空の 20歳の日本人スチュワーデスであった。 (今は、キャビン・アテンダント(CA)とか…
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紅梅の記「私のおいたち ヨーロッパ青春編」序章    『万博の幻の恋人たち』

青春の万国博 大学紛争も収まり。 私は大学院の受験勉強をしながら、 2ヶ月で卒論「保守主義の原則の一考察」を書き上げた。 この時はクリスマスも正月もなかった。 肝心の神戸の大学院受験勉強も大学闘争のため邪魔された形であった。 もしかすると遅刻しなくても不合格であったかもしれない。 受験失敗後のアルバイト先に日本万国…
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ひまわりの記 最終章 『私のおいたち大学編 ④    学園闘争の嵐の中で後編』

学生会計学学術大会の開催 4回生の春。 私たちの大学が関西ブロックの会計学学術大会主催校となった。 会場は、大阪市郊外にあった我が分校に決まった。 交通の便は悪いが、新しいきれいな校舎で、 市内の本校と違って空気が新鮮で広くてゆったりしていたので、 勉強する環境としては、最適の会場であった。 会長を退いていた私は実…
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ひまわりの記 第3章『私のおいたち大学編③   学園闘争の嵐の中で 前編』

明けましておめでとうございます。本年もよろしく! 早いものでもう大寒になりましたね。 皆様のお正月はいかがおすごしでしたか?  私は去年の暮れは年賀状もクリスマスカードも出せなかったので、 元旦早々約200枚の賀状の返事を 3日間書斎にこもり書き続けていました。 後は外国からきたグリーティングカードの返事が数枚残って…
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ゆうがおの記 歴史寄稿最終章後編          『悲劇のヒロイン千姫の真実』

「千姫」は、『戦国時代最後の悲劇のヒロイン』です。 彼女は数え年の7歳で、秀吉の遺言に従って豊臣家に輿入れしました。 これが悲劇の始まりで、70歳で天寿を全うするまで、時の権力者達に 利用されながら数々の不幸・悲しみを乗り越えて精一杯生きてきました。 形は結婚であるが、実質は豊臣家への人質であった。 だから大坂の陣が始…
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ゆうがおの記 歴史寄稿最終章前編『千姫と大坂夏の陣』

先日、NHKの「龍馬伝」が終了し、 いよいよ来年1月からスタートする「江~姫たちの戦国」が始まります。 このブログは私の「おいたち」の記録として書き始めたが、 高校の修学旅行の長崎の思い出が 「龍馬伝」のグラバー邸のシーンと重なり いつの間にかNHK大河ドラマ紹介ブログみたいになってしまった。 そのうえ大学時代の小浜での…
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ゆうがおの記番外章歴史寄稿「浅井三姉妹③お茶々の巻」

「お茶々」の少女時代 戦国の女性の代表として、 象徴的に取り上げられるのが信長の妹「お市の方」。 『織田系譜』では、その名さえ書かれていない彼女であるが、 兄・信長の命によって嫁いだ浅井家から始まる女系図は 戦国史の裏の物語であり、大変華やかである。 浅井長政と「お市の方」の間にもうけた三人姉妹が 父の城「小谷城」が伯…
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ゆうがおの記 番外章 歴史寄稿「浅井三姉妹②お初の巻」

戦国のヒロインたち 戦国時代、絶世の美女といわれた 織田信長の妹・「お市の方」は、 その悲劇的な人生と共に 常に『戦国のヒロイン』という扱いをされています。 同じく「お市」の娘たちも 『戦国悲劇の三姉妹』としてとりあげられ 各々が数奇な運命を辿りました。 その中でも、特に長女・「茶々」(淀殿)や三女・「お江」は、…
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